2014年08月11日
天国も地獄も自分の中にあります
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座禅生活352日目。
僕が日頃一番感じていること・・・。
「僕たちは社会のことや生きるすべについてはよく知っているが、本当に知っておくべきことは何も知らない」
今の社会は人が眠ったまま生きるのには本当にうまくできていると思います。
みんな生活の糧を得るのに必死で、本当の生なんて考えたこともないしそんな余裕もない。
これでもかというくらいに現象は次から次へとやってきます。
「自分は本当は何も知らない」・・・。
それに気づけば新しい人生が始まります。
現実というものはただの現象、幻想です。
それをどのようなものとして受け止め捉えるか・・・その権利は僕たちが握っています。
いまここを天国にするのか地獄にするのかは僕たちが決めることができるのです。
江戸時代に白隠というお坊さんがいました。
白隠のいる松陰寺のお寺に、ある藩のお殿様がやってきて尋ねます。
お殿様:「地獄とか極楽というものはあるのか」
白隠禅師:「あなたは武士じゃろう。武士なら武士らしくすればよい。地獄じゃ、極楽じゃと迷っているようでは本当の武士ではない、偽者じゃ。」
お殿様:「無礼であろう。人が仏法を丁重に問うているのにそれに答えず、わめくという法があるか。」
白隠禅師「怒ったか、面白い、この腰抜け馬鹿殿め。」
頭にきたお殿様は刀をぬき、本堂に逃げる白隠禅師を追い回しました。
柱の陰に追いつめて切りかかろうとした時、白隠禅師は突然大笑い一言。
「それ、それが地獄というものじゃ。」
はっと気がついたお殿様はその場に手をつき一言「有難う御座います」。
たったいままで鬼のような形相だったお殿様の顔は、柔和な仏様のような顔に変わりました。
白隠禅師は間髪をいれず「それ、それが極楽じゃ。」と大笑いされたそうです。

いいことをすれば天国にいけるし、悪いことをすれば地獄へ行く・・・。
歴史をみると、そういう考え方が広くいきわたっていたようです。
宗教の中には死んだあとの幸福を約束するようなものもあります。
僕たちは間違いなくいまここに生きています。
昨日も明日もなく、いまここしかないのです。
そして死んだあとではなく、僕たちはいまここを天国にすることができます。
いまあなたがどんな現実にいようともです。
僕たちの本当の姿を「知る」・・・。
現実を変えるのではありません。
心底「知る」ことにより、現実を「超える」ことができるのです。
知れば、あなたは今までのあなたではありません。
知れば、新しいあなたにふさわしい現実がそこにあります。
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